2011年5月9日月曜日

「さんぱつ」は懐かしい!

今日、久しぶりに小学一年生の頭をはさみでカット。サマーカット。
散髪すると思い出す。 子供3人 小さい頃は私が全て散髪していた。
奥さんの実家の庭で3人続けてやっつける。時たま耳なんぞを傷つける。
必ず気持ちが良くて寝てしまう子がいる。逃げまどう奴はいなかった。
すべてカリメロカット、つまりマッシュルームカットである。

私の頭というと戦後5,6年の頃、物心つくまでは「丸坊主」。
理由はおできが頭一杯に出来たため。海水浴で「デンボ」(関西ではおできのことをでんぼという)を手で押してうみを出す。海でうみを出す、昔はおかしなことばかり。

小学生の時は坊っちゃんでもないのに「坊っちゃん刈り」。
少年マガジン派、「ちかいの魔球」「紫電改の鷹」

中学生になると3年間は丸坊主。二枚刈りといって少しだけ長くカット。
剣道で面擦れが出来ると言われビクビク。

高校生になると「7・3横わけ」。ケネディカットととも言う。この頃はドライヤーが親友。
「君はよく出かけたアルチュールランボーよ」ランボー詩集。 丸山真男 ギリシャ神話

大学になると肩までの長髪。♪~ぼくの髪ィが肩まで伸びてエ~、寝ている間に母にはさみで短く切られた。
サリンジャー「ライ麦畑で・・」 サルトル実存主義  吉本隆明「共同幻想論」
散髪屋のおかみさんが電話で「にしきのあきら そっくりの男の子が店に来ている。すぐおいで。」 と。

社会人になり子供が出来て始めてパーマをあてる。鶴瓶そっくりと言われがっかり。
宮本輝 「泥の川」 映画化(小栗康平監督)された作品もすごく良い。
この頃から「シルクロード」へ出かける。アフガン~トルコが未踏。


その後はオールバック、ハードジェルを使わないとバックにならない。
陳舜臣から司馬遼太郎へ。しかし、アヘン戦争の林則徐はリタイアの楽しみに残してある。


還暦過ぎると短髪 スポーツ刈り。白髪交じり。(お陰様で毛髪残存率100%)
つまんなかった「夏目漱石」へ戻る。

今後は白髪のロマンスグレーになるつもり。(この言葉も今は使われていないだろうな。)

今までのブログでは最低最悪ですね。たまにはいいかっ!

2011年5月4日水曜日

ならぬことは ならぬもの です

維新後、140年を経て会津は再び哀しみに沈んだ。
失ったものは計り知れない。
司馬遼太郎が生きていれば、今、なにを語ったであろう。 
会津藩の上士の子息達は六歳になると「什」という子供達の組織(遊びの仲間)に振り分けられ、「什の掟」(什の誓い)を教えられたという。 
* 嘘を言うてはなりませぬ。
*  卑怯な振舞をしてはなりませぬ。
*  弱い者をいじめてはなりませぬ。
などがあり、最後に
ならぬことはならぬものです。
と締め括られている。


 

この誓いを受け継ぐ会津人と、政府、東京電力は真摯に向き合わなければならない。

自分たちの世代では取り戻せないものもある。
次代を担う人に、若者に引き継いでいくしか道はない。


子供達が笑顔で見上げる会津の空に「鯉のぼり」が泳いでいる。

一緒に見上げる大人にも笑顔が浮かぶ。

私も微笑んだ。







今年の夏は会津に行こう。


今年の冬も会津に行こう。